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6. 2019年ノーベル物理学賞は宇宙物理学に

2019年のノーベル物理学賞が宇宙物理学の研究に対して授与されました。受賞者は、宇宙の構造と進化の研究に対する功績により、宇宙論を専門とする米国・プリンストン大学のJames Peebles(ジェームス・ピーブルス)、太陽系外の惑星を発見する方法を提案し、その方法を使って実際に最初に発見した功績により、スイス・ジュネーブ大学のMichel Mayor(ミシェル・マイヨール)とジュネーブ大学/英国・ケンブリッジ大学のDidier Queloz(ディディエ・ケロー)です。以下では、これらの受賞の意義について簡単に紹介します。

まずPeeblesです。彼は、有名な宇宙背景放射の観測報告(ペンジアスとウィルソンが発見し、その功績に対してノーブル物理学賞が授与された)に対して、ブランズ・ディッケとともにその宇宙論上の意義を明確にし論文にすることを勧めた研究者です。ペンジアスとウィルソンの論文と同時にその意義を明確にした論文を発表しますが、ノーベル賞は彼らにはあたえられませんでした。宇宙背景放射は宇宙初期が非常に高温で高密度だったことを示しています。ペンジアスとウィルソンはいわゆる「ビックバンの証拠」を発見したのです。そうすると初期の宇宙は現在の宇宙と全く違う状態であることから、初期宇宙から現在の宇宙へ宇宙がどのように進化してきたのかが問題となります。Peeblesは、この問題に関していくつも重要な貢献をしたのです。

Peeblesは宇宙背景放射の温度の当時の観測値が宇宙のどの方向でも同じであることに注目しました。宇宙背景放射の温度はこの当時の宇宙の物質の密度とも密接な関係があることがわかっていました。このことは宇宙の物質は、どこでもほぼ同じ密度と温度の状態にあったということになります。しかも温度は非常に高い。一方、現在の宇宙では、星や銀河に物質は集中しています。星や銀河の間の空間の物質の密度は非常に低い状態にあります。この違いを説明できる物理過程はどのようなものかを、Peeblesは考えたのです。そしてPeeblesがたどり着いた仮説は、初期宇宙には当時の観測技術では観測できないほどの小さな「密度の揺らぎ」があった。それは宇宙が膨張するにつれて、重力的に不安定となり、「密度揺らぎ」の大きさが成長したというものです。これは有名な物理学者ランダウとリフシッツも考えていたものです。

「密度揺らぎ」とはどう言うことか少し説明しましょう。それは、物質の質量密度が宇宙の各場所で僅かに異なっていると言うことです。密度の値が場所ごとに、僅かに大きかったり小さかったりしているのを、水面の揺らぎに後えて、密度揺らぎと言います。それがどう言う意味を持つのでしょうか。少し説明してみます。宇宙の中に仮想的にある体積の球をとったときのその中の物質の質量がわかるとします。同じ体積の球を別の場所にとってその中の質量を調べたとき、どこでも物質の質量密度が同じならば、球の中の質量は質量密度と体積の積で求められますから、どこでも同じになります。もし質量密度が場所ごとに僅かでも異なっていたら、同じ体積の球であっても、その中の物質の質量は様々な値になります。この球の質量による重力は、球の表面では大まかに球の中の質量を半径の2乗で割ったものに比例しますから、重力の大きさが異なっていると言うことになります。このことが宇宙の様々の場所の球の膨張の仕方に影響して、密度の時間変化にも影響します。それがみつ揺らぎの成長と言います。

Peeblesはこの密度揺らぎの成長という考えを進めて、現在の宇宙の構造を作ることが可能な密度揺らぎの大きさの値を推定し、それと宇宙背景放射の温度の異方性との関係を示したり、密度揺らぎの性質が宇宙での銀河の空間分布から推定できる可能性を示すなど一連の研究を進めます。その成果に基づいて多くの研究者がさらに研究を展開します。これらの成果をもとにした研究者向けの教科書を数冊書き、これがさらにこの研究に参加する大学院生などの若い研究者を増やしていきます。これらの成果をもとに、宇宙背景放射の観測衛星COBEやWMAPの計画が推進され、宇宙背景放射の温度揺らぎの発見につながりました。発見された温度揺らぎの大きさは、ダークマターやダークエネルギーが宇宙のエネルギー分布のかなりの割合を占めなければ説明できなものであり、宇宙論に大きな課題があることが明らかになりました。以上が、大まかなPeeblesの功績です。

次に、マイヨールとケローです。彼らは、太陽系以外の惑星系を発見に成功しました。太陽系以外の惑星系を研究することは、地球以外に生命が存在するのか、生命が存在できる惑星は存在するのか、それはどのようなもので、どういう条件で誕生するのかという大変興味深い問題と関連します。それともに、なぜ地球には生命が存在するのかという疑問にも重要な鍵を与える可能性があります。こうしたことからも、太陽のような水素の核融合を起こしている、いわゆる主系列星の周りで惑星系を発見することは大変重要です。しかし、その観測方法はかなり難しいものです。可能な方法としては、1)惑星が惑星系の中の星(主星と言います)の前を通り過ぎる時(トランジットと言います)惑星は主星に影を作ります。その時の主星の明るさの変化を測定する(トランジット法と言います)というものと、2)惑星が主星の周りを運動することによって主星も動かされるのでその運動を測定するというものです。主星から線スペクトルが放射されていれば、その線スペクトルの振動数は主星の運動によってずれます(ドップラー効果)。そのズレを観測することによって惑星の存在を確認することができます。いずれも大変むずかしい測定です。例えば、地球と太陽の場合でその難しさを説明しましょう。

トランジット法について考えてみましょう。地球と太陽の半径の比はおよそ1:100です。トランジットによる太陽の明るさの変化は半径の比の2乗になりますので、約1万分の1の変化です。この時間変化は惑星の軌道と惑星の半径によって特徴的な変化を示しますので、ドランジット法による観測が成功すると惑星の軌道や半径を知ることができます。

次にドップラー法です。地球と太陽の質量比は約1:30万です。地球は秒速30kmで太陽の周りを回っていますので、簡単な物理学(力学)の計算から、太陽の速度はその約30万分の一の速度で地球と太陽の系の重心の周りを運動することになります。つまり秒速10cmくらいで太陽は運動しているのです。この速度は非常に小さなもので当時の最新観測装置でも検出は困難でした。相手が木星なら質量比は1:1000くらいですので、それが地球の軌道のところにあると太陽は秒速30mとなるので当時の最新観測装置で検出が可能となります。こんなに質量の大きな惑星が地球軌道にあるとは当時は考えられていませんでしたが(一部の研究者がこの可能性を提案していました)、マイヨールたちは挑戦したのです。マイヨールたちの装置は高分解能分光計ELODIEとばれるもので、測定精度は秒速±7mまでと当時としては画期的なものでした。しかし、地球のような惑星が対象なら観測の成功は難しかったのです。これをオート=プロヴァンス天文台の口径1.93 メートルの望遠鏡に設置し1994年から観測を開始しました。そして見事に観測に成功したことを1995年に報告します。見つけた惑星の質量は木星よりわずかに小さく、主星の周りを4.2日で一周するという驚くべきものでした。用いた望遠鏡はすばる望遠鏡などと比べるとはるかに小さなものでした。これを契機に同様な観測が世界中で行われ、系外惑星の研究が盛んになります。2009年には、トランジット法で観測するケプラー衛星が打ち上げられ、1000個以上の系外惑星を発見するという重要な成果を生んでいます。このように、マイヨールたちはわずかな可能性に挑戦し、新しい研究の流れを生み出したのです。以上が大まかなマイヨールたちの功績です。